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編著・共著

edit-colle 2010-02 天皇とアメリカ (共著)   2010年

日本の近現代史を振り返ったとき、天皇は、 伝統、宗教、土着、愛国心などを表象し、アメリカは、近代、合理主義、外来文化などの代名詞であったことがわかる。しかし、両極端であるはずのこれら二つ のキーワード―「日本的なものの象徴・天皇」と「帝国・アメリカ」は、複合的に絡み合いながら日本と東アジアの二〇世紀に関与し続けてきた。時に、天皇こ そ近代であり、アメリカこそ宗教であるという矛盾の中から、果たしてどのような歴史像が浮かび上がってくるのか?二つの奇妙な力の場を拠点に、歴史的想像 力の可能性を切り開く。

集英社

edit-colle 2002 一九三〇年代のメディアと身体 (編著)   2002年

危機の時代に繰り返し参照されてきた 「1930年代」。さまざまな知が戦争に向けた動員体制にのみこまれていったファシズムの時代として、この時代標識は「歴史は繰り返す」式の問題設定を引 き出してきた。しかし、この時代の言説とメディアに堆積した生きた経験のなかに分け入っていくとき、どのような地平が開かれていくのだろうか。30年代の メディアと身体のありようについて、「総力戦の思想」「宣伝の思想」「観光の思想」「メディアの思想」「口演の思想」「放送の思想」という6つのテーマに 焦点をあてて、われわれ自身の経験や実践、社会的リアリティの変容を考察し、現在を歴史的・立体的に把握する手がかりを探り出す。

青弓社

edit-colle 2001 グローバル化の遠近法 (共著)   2001年

脱政治の動きに胚胎する「政治」の危険性と 可能性、グローバル都市東京に登場した石原慎太郎、ネットワーク型メディアの普及がもたらしたもの、消費社会に見え隠れするナショナリズムと新しい市民運 動―グローバル化がつきつける、さまざまなレベルでの変化を読み解きつつ、今この国に起きている地殻変動の意味、そして「新しい公共空間」のありようを探 る。気鋭の研究者二人が、綿密な議論を重ねて共同で打ち出す、斬新な現代日本社会論。

岩波書店

edit-colle 2000 内破する知 (共編著)   2000年

近代の知を「内破」し、蠢動し、胎動しつつある新たな知の姿。政治、社会、教育、思想、メディアの研究者が、みずからの学問を問いなおし、苦闘し、知の境界線を越境する。

東京大学出版会

edit-colle 2000-02 メディア・スタディーズ (編著)   2000年

既存のマス・コミュニケーション研究やメ ディア論のパラダイムを内側から喰い破っていく試みとして、ここにメディア・スタディーズを構想。文学的なメディアや映画、ポピュラー音楽などがこの構想 の射程に含まれるのはいうまでもないが、同時にテレビや新聞、雑誌、広告、マンガなどがメディア・スタディーズにとって中核的な探究のフィールドとして焦 点化されなければならない。マクルーハン風にいうならば、概して「冷たい」メディアに属するこれらは日常生活と切れ目なくつながっており、テクスト論的な アプローチには限界がある。メディアを作者の意図や意味が結晶化されている媒体としてではなく、その前にたむろし、往来する散漫なまなざしが作用していく 集合的な身体力学の場として捉え直していかなければならないのである。

せりか書房

edit-colle 1999 ニュースの誕生-かわら版と新聞錦絵の情報世界 (共編著)   1999年

本書は、東京大学総合研究博物館の企画「東 京大学コレクション4」として、東京大学社会情報研究所創立五十周年を記念し、1999年10月8日から12月12日まで開催される展覧会「ニュースの誕 生―かわら版と新聞錦絵の情報世界」の図録である。展示された資料の主要なものに、若干の展示されない参考資料を加え、その図版を掲載した。巻末に、社会 情報研究所が所蔵する小野秀雄コレクションのうち、かわら版・新聞錦絵の全リストを掲げた。

東京大学出版会

edit-colle 1999-02 カルチュラル・スタディーズとの対話 (共編著)   1999年

文化のナショナルな境界線を問い直し、アカデミズムの知とその外の知との境界線を問い直し、学問を分割する境界線を問い直すカルチュラル・スタディーズ。その中心人物スチュアート・ホールほかイギリスの研究者を招いて開かれたシンポジウムの全記録。

新曜社

edit-colle 1996 都市の空間 都市の身体 (編著)21世紀の都市社会学4巻   1996年

「空間」と「身体」をキーワードに、近代日本の都市に生きる人々についての新しい認識のパースペクティヴを開拓する。

勁草書房